【楽心斎平法メルマガ】20231108仏は開運してくれるのか?

開運作法・仏教編1
仏は力を貸してくれるのか?

ビジネス名を変えました。高の字は「はしご」
のほうが正解です!
よろしくお願いします。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
今日は正解をお話します。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
神道では「流れを整えていく」ということが
非常に大切なポイントでした。
仏教では何がポイントなのでしょうか?
日本で最初に認められた
法華経・維摩経・勝鬘経を基本に置きながら
話を勧めたいと思います。

結論から言うと、
この地球には釈迦牟尼如来が作った
【仏になる方法が】がテンプレート化されている
ので釈迦牟尼如来の教えのように生きている事は
仏への道を歩んでいることになる。
これは釈迦牟尼如来の弟子一同にとって非常に
喜ばしいので、
そういう人のことは守るし、応援しよう!
と様々な菩薩や仏たちが誓いました。
ゆえに、アナタがそのように生きていれば
力を貸してくれるということになります。

これどこに書かれているかと言うと
法華経に書かれてるんです。

知らない日本人多いですけどネ。

では仏の教えのとおりに生きるとは何かというと

なにもみんなが僧侶になるということではない
のです。

女性も男性も現世でどのように生きればいいの
かが維摩経と勝鬘経で明かされます。

ではこれらをとにかく勉強して
実践することが
仏教的開運かと言うとソレはたしかに
そうなんですけど一概には言えないんです。

なぜかと言うと、日本には密教も
伝わってきているからなんです。

仏教界TOPは天台宗ですが、
天台宗は天台密教です。
そして、
京都を守護していた真言宗も密教です。
真言密教の正統は、空海(弘法大師)が中国から
持ち帰ったので日本になります。
日本の仏教の殆どは天台宗から生まれました。
事例を挙げれば
浄土宗や臨済宗、浄土真宗、日蓮宗などです。
実は日本は密教国家です。

この密教の観点から言うと、
仏教的に「執着を捨てる」とか
「一心に行動する」とか
「仏教を学びそのように生きる」とか
当たり前だけどなかなかできないのが
人間だと認めています。

なぜならそこに
「ついつい◯◯」という執着が働くから
とされます。
しかし、なんとかこの「できない」という
執着を外したい・・・。
でもわかっていてもできない。
消したくても消せない執着の苦しさは
人々が多く悩むことです。

そういうのってありません?

やればいいのにできないあれこれ
引きづらなければいいのになかなか離れられ
ない悪感情などがこれに当たります。
まぁ、ちゃんとできてたら
この世にデブはいなくなりますし
貧困も消滅するでしょう。
無理な話なんです。

人が持つ
苦しみやつらいことから逃げたいという思いや
不甲斐なさから来る怒りとか
勧請のコントロールとか
平凡さへの苦痛とか
失敗する恐怖とか
集中できない葛藤とか
人の苦しみは、捨てようと思っても
そんな簡単にはできません。
だから苦しい。
密教にはこの苦しみを助ける方法が伝わって
います。
それは・・・

後半のめちゃくちゃ大事な話に行く前に・・・

●近況報告●
いつも返信ありがとうございます。
非常に励みになります。
まだ一度も返信したことないよ〜
という方は
今日あたりどうですかね?
返信いただけると嬉しいです。

返信で
仏教のイメージいろいろ聞かせていただけて
大変参考にりました。

さて、そろそろ来年の準備ですね。
立冬ですから。

今からエンジンかけないと
脳と心の準備が来年に間に合わないんですよね。
冬至までに今年の総括終えて
来年に思いを馳せ、決めていきましょう。
こういうのは
神道的にも仏教的にも
良い流れを作ることです。

そうそう12・9土曜日
大阪でセミナーやるので
ぜひおあいしましょう!
地方から東京に来てくれる人達もいるので
今回は大阪でみんな集合しましょう!

それでは後半です。

不動明王の真実

密教では
こういうなかなか切り捨てられない執着を
断ち切る手伝いを仏様にお願いできます。

例えばお金がほしい
あの人が好き
なども
なかなか
切り捨てられない執着です。

人の執着というのは切り捨てるのは難しいけれど
一度手に入れれば意外なほど簡単に手放せるもの
です。

だから
手放すことを前提に
「一度は手に入れて満足したいのです。
そうしたら手放します。
だからなにとぞ掴ませでください」と
お願いすると、
不動明王は力を貸してくださいます。

多くの人は、不動様におねがいして 
願いを叶えようとしますが、
その根底に「手放すこと前提」というのがあるの
を忘れています。
仏教では開運は願いがかなった先にあるのです。
願いを叶え執着を捨て
その先を生きるのです

また一度手放してしまった執着は
もうつかめないのです。
全くトキメキません。
だから、執着だけで生きていると、
叶えた後に燃え尽き症候群になります。

ではどのような執着を持てばいいのか?
執着は絶対持ってはいけないのか?
というと
仏教では

執着を持て

と教えます。

最初と言ってることが逆ですよね!

仏教では「人は執着持っている」という事実
から始まります。
その執着を叶えて、手放して、また執着を持つ。
ソレをまた叶えて・・・・・。
というのが善いのだ!と教えます。

・・・ソレデハ執着ノ苦シミ二ハマルダケデハ?

そんな疑問を持ったアナタは正しいです。
これは方向が違うという話なんです。

より大きな執着を持ち、生きろと教えます。
例え話で説明すると
美味しいご飯は一人で食べても美味しいです。
でも誰かと分かち合うともっと美味しいです。
さらに言えば、
気心のしれた仲間と食べたほうが美味しい
です。
愛している人と食べると
大して美味しくなくても美味しいです。

執着の内容を「よりお大きく」して
「より本質的」にしていく。
また「より高い品質」で求めると
最後にはどうなるのか?と経典は
問いかけてきます。
考えてみてください。
すると最後は
自分も周りも幸せを願いそのために動くという
ことになります。
最後の執着や欲望は
みんなで仏になろう!
そのためにめちゃくちゃ頑張る!
・・・ここにたどり着きます。

仏になったときには
結果として
様々な執着を手にし、執着を手放し、
多くの人を幸せにしてきた。
というのが仏教だということになります。

これがいわゆる大往生です。

しかしこうなるには、今私達はどちらの方向に
人生の舵を取ればいいのか?をわかっていない
といけません。
そのために仏教を学ぶのです。

ではどのような方向に進めばいいのか?
まずソレを知りたい!となります。
しかしソレはただ経典を読んだだけでは
わかりません。
なぜなら、我々は一人ひとり別々の仏であり、
肉体経由で先祖から引き継いできている
今座で解消すべき問題も違うからです。

己がどこに向かうかは
それは自分にしかわからないのです。

結局のところ、
自分の本当に歩むべき方向を知るために
修行するところから仏教的開運は始まります。

自分はどう歩めばいいのか?悩んでも
答えは簡単には出ません。
眼の前の方法論や仕事や生き方が
仏に続く道か?
それとも執着の繰り返しの苦しみにハマっていく
道か?
ソレがわからないのが人間です。
だから、
導いてくれるように仏に祈るところから
修行は始まります。

ソレが
南無釈迦牟尼仏と云う言葉で
釈迦牟尼仏に従いますと宣言し釈迦牟尼仏に呼び
かけることであり
不動明王真言で不動明王に呼びかけることであり
南無妙法蓮華経と法華経に従いますと宣言し呼び
かけることなのです。

生きていく中で
仏に呼びかけ導きをもらいながら
頑張って歩み執着を切り替えていく。
というのは始まりになります。

この自分で頑張る自力と
導き助けていただける他力が
バランス良いことを「中道」といい
ほんとうの意味で生きるということになります。

このとき眼の前に広がる様々なことを
どれがより本当の幸せ=仏への道につながるか
正しく理解し、複雑な現実を
紐解き解することができます。
正解が見えるのです。

仏教では深い意味がわかっていなくても
まずはやってみろと云う教えが推奨されて
います。

もちろん意味がわかって唱えたり
行動する方がいいに決まっています。

でも結局は行動するわけですから
対してわかっていなくてもまず始めれば
いいんです。
南無釈迦牟尼仏でも
南無不動明王でも
南妙法蓮華経でもいいので
まずは唱えてみませんか?

ひぃろてき推奨は
南妙法蓮華経です。

一言でまとめます。

仏教的には
執着もまた仏に至るエネルギーなんです。
自分を責めすぎず
大きな愛をもって前に進んでいこうじゃない
ですか!

それではまた明日!

追伸

ということで「ひぃろ」です。
仏教は深いので、
なかなか簡単にメルマガにするの苦労しました。

今日の合言葉は
「開運する!」です。

こころよりお待ちしています。

それではまた明日!

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